100年ぶりのパンデミック、第二次世界大戦以来の武力による国境線の変更、40年ぶりの大幅な物価上昇、20年ぶりの円安水準など、世界のいたるところで歴史に刻まれるような変化が起こっている。株式市場も例外ではない。ここからもまだ下げを覚悟しなくてはならないのか。マーケットが転換点に差しかかっているのは事実である。日本の株式市場の先行きについて株式アナリストの鈴木一之氏に見通しを聞いた。

鈴木一之

鈴木一之(すずきかずゆき)

「株式アナリスト、1983年千葉大学卒業後、大和證券に入社。 1987年に株式トレーディング室に配属、以降ほぼ一貫して株式トレードの職務に従事する。 2000年に退社し、インフォストックスドットコムに場を移し、日本株チーフアナリストとなる。2007年からはフリーとなり現在に至る。株式相場を景気循環論でとらえるシクリカル銘柄投資法を展開。
主な著書
「景気サイクル投資法」(パンローリング)
「株式中期投資のすすめ」(日本経済新聞出版社)
「有望株の選び方」(日本経済新聞出版社)

――日本の株式市場の先行きについてどのような見通しを持っているか?
鈴木 結論から述べれば、株価は2022年夏に向けて短期的に下落すると見ているが、それが2年来のボトムとなって年央から年度末に向けて力強い上昇局面に入るととらえている。 目下のところ、株式市場では40年ぶりに訪れた世界的な物価上昇と米国の金融政策の動向に大半の関心が集中している。金利の急上昇が悪材料となって株価の下落基調が強まっているが、しかしもっと本質的な部分で、景気の現状がかなり弱いという事実が株価を揺さぶっていると見られる。

――景気の弱さが株価下落の主因ととらえてよいのか。
鈴木 そのようにとらえてよいと考えている。株価は景気の鏡である。私たちが体感している目の前の景気は、良いか悪いかと問われればかなり悪い部類に入る。現在は景気の後退局面の最終段階に近いところで推移していると考えられる。 世界の投資家の関心は、コロナ禍からの経済再開ペース、ロシアとウクライナの戦争状態、それに原油・金属市況の上昇、それを抑制するための世界の中央銀行の金融政策に集中している。確かにそれらの要素はどれも重要で、無視できるものではないが、現在の株式市場の動きを決定する本質的な部分かと問われれば、私はそうは思わない。物価の上昇による企業のコストアップ、企業収益への圧迫はあとから遅れてやってきた現象である。

――だとすれば、株価下落の主因はどこにあるのか。
鈴木 主因は米国と中国の覇権争いにある。世界的な景気拡大のピークは2018年10月までであった。トランプ政権時に米中間で貿易摩擦が激化して世界中のモノの流れが滞り、「デカップリング」の状況ができあがったこと。世界中がリアルタイムで同時に米中対立に警戒心を抱き、それが物流と設備投資を滞られて「景気の山」が形づくられたと見ている。 当時、FRB(連邦準備制度理事会)議長に就任したばかりのパウエル議長が、前任のイエレン議長から引き継いだ金融引き締めに手間取って、市場の警戒感が増したことも一因をなしたはずである。

――その辺はどのようなマクロ経済データで確認できるのか。
鈴木 あらゆるデータがその辺の事情を示しているが、身近なところでは日本でも経済産業省が毎月末に発表している「鉱工業生産指数」の動きからそのような変化をつかむことができる。生産指数は2018年10月に「105.9」を記録し、そこから2019年を通じてずっと低下を続け、新型コロナウイルスの感染拡大が最初のピークをつけた2020年5月に「78.7」で底入れするまで下がり続いた。

2020年3月にWHO(世界保健機構)が世界に向けてコロナウイルスのパンデミックを宣言し、世界各国は感染拡大を防ぐために自国民に厳しい行動規制を強いた。それを穴埋めするために、各国がそろって大規模な経済対策を打ち出したことで、各国はほぼ同時に急回復に向かうのだが、それが景気の底入れとなった。景気のボトムは「2020年5月」と見られる。

――翌年には日経平均も3万円に乗せた、世界経済は浮上に向かったのか。
鈴木 ご承知のとおり、それほどたやすいことではなかった。2020年後半もコロナウイルスは世界中で波状的に感染拡大をもたらした。次なる転機は「2020年11月」に訪れた。米国で最初のワクチンが開発され、ほぼ同時に米大統領選挙が行われて現在のバイデン政権が誕生した。トランプ政権が退き、バイデン政権に代わることで矢継ぎ早に打ち出された4兆ドルを超える財政政策(2兆ドル超のの米国雇用計画、1.8兆ドルの米国家族計画の合計)が次なる景気のピークを形づくった。 日経平均は「2021年3月」に30年ぶりとなる3万円の大台に乗せたが、おそらくこの直後に最も新しい「景気の山」が形成されたのだろう。日本の鉱工業生産は「2021年4月、6月」にそれぞれ「99.6」と「99.3」をつけて目先のピークをつけた。

――日本経済は再び下り坂に入ったのか。
鈴木 そう考えている。ほぼ1年後の2022年3月に日経平均は25,000円の大台を割り込んだ。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まり、原油価格が1バレル=125ドルまで上昇し、米国で0.25%の政策金利の引き上げが実施された。今に至るこれらの出来事が世界中に与えた衝撃は甚大だが、すでにこの1年前に日本と世界は緩やかな下方トレンドに入っていたということの方が大きい。

――やはりサプライチェーンの混乱が原因か。
鈴木 そのとおりである。コロナ後の需要回復はいまだ十分ではなく、一方で工業製品の供給も崩れたままの状態にある。半導体不足の解消時期はどんどん先送りされ、今ではメドも立たない。その影響が経済のあらゆる側面に広がっている。自動車産業ばかりだけでなく、空調機器や厨房機器に至るまで製造業の大半に影響を与えている。大手企業は購買力があるので調達では有利な立場にあり、ますます力をつけている。しかし購買力の弱い中堅・中小企業はより苦しい立場に追い込まれている。日銀短観では2022年3月の調査(4月1日公表)で大企業・製造業も業況判断DIが7四半期ぶりに低下した(プラス17→プラス14)。これも経済が下向きの基調にあることを示すひとつの証拠である。

――悲観論ばかりで反転の兆しはまるで見えない状況なのか。
鈴木 実はそうでもない。底入れは意外と近く、反転の時期は今年秋口に訪れると考えている。おそらく2022年9~10月ごろには現在の下方トレンドから脱出して、経済は上向きに向かうのではないかと考えている。 そう考えるひとつの根拠は、サイクル的な目安である。戦後の日本経済は好況期が平均で36か月続いて、その後の不況期は平均18か月くらいの波動で動いている。今回の一番近い「景気の山」が2021年4~6月ごろに訪れたとすると、平均的な後退局面の18か月間を当てはめて今年秋ごろがボトムとなる。 そうだと仮定すると、株価はそれよりも少しだけ先に底打ち反転するはずである。おそらく今年7~8月には反転の糸口を見出して、株価は底堅くなっていくのではないか。

――反転のきっかけには何が必要か。
鈴木 今回はそのようなきっかけがなくても、自律的に反発できるのではないかと考えている。確かに歴史的に見て、株価の底入れ反転には政府による経済対策のようなきっかけを必要とした。現在は日本が世界の中でも最先端の「課題先進国」の立場にある。人口減少、エネルギー問題など、社会的な課題を山ほど抱え込んでいる。 そのような課題の数々が日本の社会の隅々に閉塞感をもたらしているのは事実だが、逆にそれらの課題の解決策を見出せれば、課題と考えられていたものがまったく反対にブルーオーシャンの成長市場となりうる。たやすいことではないが、そこに手つかずの市場が残されていることもまた事実である。 デジタル化の力を借りて、社会的な課題を成長の原動力に変換してゆく。そこにれっきとした日本社会と経済の浮上の余地が残されている。それがひいては株価が底入れから上向きに転じる原動力になるのではないかと考えている。

――株価水準はどのあたりが目安となるか。
鈴木 日経平均株価の水準で言えば、2022年7~8月に24,500円くらいまで下落したところで底打ち反転して、年度末の2023年2~3月に向けて29,500円まで上昇するのではないか。弾みがつけば3万円乗せもむずかしくはないだろう。いずれにしても転機はまもなくやってくるはずである。